令和元年(行ケ)第10165号 審決取消請求事件【保温シート事件】新規事項の追加
判決: 審決取消
取り扱うテーマ:新規事項の追加
本ブログでは要点のみ解説するため、詳細は判決文をご覧ください。
判決文はこちら
審決の概要
主な論点は、明細書に明示されていない「透光性」を請求項に追加する補正が、新規事項の追加となるか否かです。
まず、補正後の請求項1における論点となった箇所につき、抜き出します。
下記の下線箇所は、補正にて追加された箇所であり、下線は私が付けました。
通気性及び通水性が確保され且つ透光性を有する不織布又は織布からなるカバー体とを備え,
判決文より
つまり、補正にて、カバー体が、「通水性」「透光性」を有する旨が実質的に追加されました。
そして、審決では、この補正が新規事項の追加か否かについて、以下の判断がなされています。
本件補正により補正された請求項1には,「通気性及び通水性が確保され且つ透光性を有する不織布又は織布からなるカバー体とを備え,」との事項が含まれるところ,このカバー体(以下「本件カバー体」という。)が「透光性」を有することは,本件出願に係る願書に最初に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面(以下,これらを併せて「本件当初明細書等」という。)には明示的に記載されておらず,また,本件当初明細書等の記載から自明な事項であるとはいえないから,本件補正は,本件当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであり,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たすものではないというものである。
判決文より
知財高裁の判断
知財高裁の判断の要点を記載します。
織布又は不織布について遮光性能を付与するための特別な方法が採られていなければ,当該織布又は不織布は透光性を有するということが,本件出願時における織布又は不織布の透光性に関する技術常識であったとみるのが相当である。
判決文より
(4) 以上を前提として,本件カバー体が「透光性を有する」との事項が,本件当初明細書等の記載から自明な事項であるといえるか否かについて検討する。
上記(3)によれば,本件出願時における当業者は,織布又は不織布について遮光性能を付与するための特別な方法が採られていなければ,当該織布又は不織布は透光性を有するものであると当然に理解するものといえる。
そして,上記1のとおり,本件当初明細書等には,織布又は不織布から構成される本件カバー体につき,遮光性能を有する旨や遮光性能を付与するための特別な方法が採られている旨の明示的な記載は存せず,かえって,本件カバー体が通気性や通水性を有する旨の記載(【0035】)や,本件カバー体の表面の少なくとも一部は本件カバー体を構成する材料がそのまま露出し,通気性や通水性を妨げる顔料やその他の層が形成されていない旨の記載(【0036】)が存するところである。
このような本件当初明細書等の記載内容からすれば,当業者は,本件カバー体を構成する織布又は不織布について,特殊な製法又は素材を用いたり,特殊な加工が施されたりするなど,遮光性能を付与するための特別な方法は採られていないと理解するのが通常であるというべきである。
そうすると,本件当初明細書等に接した当業者は,本件カバー体は透光性を有するものであると当然に理解するものといえるから,本件カバー体が「透光性を有する」という事項は,本件当初明細書等の記載内容から自明な事項であるというべきである。
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審査基準には、
- 当初明細書等に明示的に記載された事項にする補正
- 当初明細書等の記載から自明な事項にする補正
の場合は、新規事項の追加とはならない旨記載されています。
さらに、2.に関し、以下の記載があります。
そして、補正された事項が「当初明細書等の記載から自明な事項」といえるためには、当初明細書等の記載に接した当業者であれば、出願時の技術常識に照らして、補正された事項が当初明細書等に記載されているのと同然であると理解する事項でなければならない。
審査基準 第IV部 第2章 新規事項を追加する補正
審査官は、補正された事項が「当初明細書等の記載から自明な事項」であるか否かを判断するに当たっては、以下の(i)及び(ii)に留意する。
(i) 補正された事項に係る技術自体が周知技術又は慣用技術であるということだけでは、「当初明細書等の記載から自明な事項」とはいえない。
(ii) 当業者であれば、出願時の技術常識に照らして、補正された事項が当初明細書等の複数の記載から自明な事項と理解する場合もある。当初明細書等の複数の記載とは、例えば、発明が解決しようとする課題についての記載と発明の具体例の記載、明細書の記載と図面の記載等である。
個人的には、織布又は不織布としては、透光性を有するもの、有さないものの双方が世の中に存在している以上、明細書において、織布又は不織布が透光性を有することが明示又は示唆していない場合は、上記審査基準の(i)に該当し、クレームに透光性を有することを追加することは危険である(新規事項の追加の問題になり得る)と思います。
今回、仮に拒絶査定が覆って特許審決になったとしても、このような、新規事項の追加にあたるか否かグレーな要件をクレームに残しておくと、異議申し立て、無効審判等の争いを招きかねないと思います。
また、この判決をそのまま解釈すると、特殊な工程を踏まなければ得られない構成以外についてはすべて明細書から自明に導かれるものとなり、明細書に明示されていない構成であっても様々な構成について補正ができるようになることとなります。
ただ、その製品にとっては当たり前な事項であっても、やはり明細書に明示や示唆等がない場合は補正で請求項に追加しても厳しいのかな、と実務をしていて感じます。
あるいは、仮に特許になっても後から争い(異議申し立て、特許無効審判)を招きやすく、良い権利にはなりにくいと考えます。
以上から、本裁判例は、その製品の一般的な構成要件(今回で言う透光性)で、かつ、特殊な工程を追加しなければ除外されないような要件であれば、補正で追加しても新規事項の追加とならないケースもあった、と言う程度に見ておき、過信しすぎず、当然ですがなるべく発明のポイントに関わる構成については明細書に明記することを目指すのが良いと思います。
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