令和元年(行ケ)第10136号 審決取消請求事件【パロノセトロン液状医薬製剤事件】サポート要件

特許

パロノセトロン液状医薬製剤事件

判決:請求棄却
取り扱うテーマ:サポート要件
本ブログでは要点のみ解説するため、詳細は判決文をご覧ください。
判決文はこちら

審決の概要

主な論点は、本件特許の各独立項に記載がある「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」との要件(以下「24ケ月要件」ともいいます。)が、サポート要件を満たしているか否かです。
今回、独立請求項は、請求項1、3、9、15、16、18の6つですが、論点はいずれも24ケ月要件で変わらないため、代表で請求項1を記載します。
黄色マーカー箇所は、24ケ月要件であり、私が付けました。

【請求項1】
 a)0.01~0.2mg/mlのパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩;及び
 b)薬学的に許容される担体
 を含む,嘔吐を抑制又は減少させるための,少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液であって,
 当該薬学的に許容される担体はマンニトールを含む,前記溶液。

判決文より

24ケ月要件がサポート要件を満たしているか否かについて、審決では以下のような判断がなされています。
判決文のポイントのみを抜き出し、適宜、中略しています。

 本件特許の明細書(以下「本件明細書」という。)には,24ケ月要件に直接関係する記載として,次の記載がある・・・中略・・・
 しかし,いずれの記載もパロノセトロン製剤を安定に保存できる期間を文言上記載したにとどまるものであって,パロノセトロン製剤を安定に保存できる期間を当業者が理解できるような裏付けなどと共に具体的に示す記載ではなく,これらの記載をもって,24ケ月要件を発明特定事項とする本件各発明が,実質的に明細書に記載されているということはできない。
 ・・・中略・・・
⑹ また,本件各証拠の記載を検討しても,24ケ月要件を発明特定事項とする本件各発明が実質的に明細書に記載されているという根拠となる原出願時の技術常識を見出すこともできない。

判決文より

つまり、ポイントとなるところは、24ケ月以上の貯蔵安定性を有する旨、明細書中においては文言上、記載されているものの、24ケ月以上の貯蔵安定性を確認した実施例などはなく、発明の効果が確実に得られるか、明細書の記載のみでは判断不能、というところになります。

知財高裁の判断

知財高裁の判断の要点を、一部省略しつつ下記に掲載します。

⑶ 検討

 実施例4,5においては,実際に安定性試験が行われていないため,そこに記載された医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されているとはいえない。また,その他の箇所をみても,安定化に資する要素は挙げられてはいるものの,それらが24ケ月の貯蔵安定性を実現するものであることについての直接的な言及はないし,どのような要素があればどの程度の貯蔵安定性を実現することができるのかを推論する根拠となるような具体的な指摘もなく,結局,具体的な裏付けをもって,具体的な医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されているとはいえない。
・・・中略・・・
 そうすると,本件明細書には,24ケ月要件を備えたパロノセトロン製剤が記載されているとはいえないし,本件出願時の技術常識に照らしても,当業者が,本件各発明につき,医薬安定性が向上し,24ケ月以上の保存を可能にするパロノセトロン製剤とその製剤を安定化する許容される濃度範囲を提供するという本件各発明の課題(上記⑴ア)を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。
・・・中略・・・
サポート要件適合性は,明細書に記載された事項と出願時の技術常識に基づいて認定されるべきであるから,上記⑶のとおり,本件明細書と技術常識によっては24ケ月要件を備えた製剤が記載されていると認識することができないにもかかわらず,本件出願後に実験データ(甲36,33)を提出して明細書の上記不備を補うことは許されないというべきである。

判決文より

コメント

本件特許の各独立請求項は、24ヶ月要件という願望を請求項の発明特定事項として記載した、いわゆる願望クレームです。
請求項は、一般的には構成(構造や組成等)によって特定されますが、目的とする効果(願望)をクレームに記載したものが願望クレームです。
願望クレームは必ずしもダメとはなりませんが、請求項に記載した構成でその願望が叶うことが明細書中の記載から理解できるようにしておく必要があります。
しかしながら、今回は、明細書中に、24ケ月の貯蔵安定性が得られる旨、一応文言上は記載しているものの、実際に実験等で24ケ月の貯蔵安定性を確認した旨の記載、示唆がありませんでした。
そのため、今回は、請求項1に記載の構成で本当に24ケ月の貯蔵安定性が得られるかが明細書の記載のみでは理解できず、サポート要件違反、との認定されました。
今回は特に薬剤の発明であり、その構成だけでは効果がわかりにくいところがありますので、このような場合は、効果を実際に確認した旨、記載しておくことが大事かと思います。
一方、構造系の発明などにおいては、構成のみ書いておけば効果も想像できるところもありますので、このような場合は効果の記載がなくても効果が得られる旨、認められることが多々あります。

特に、化学系、材料系、数値範囲などの発明においては、その構成、数値範囲などによっては、効果が一見してわからないことが多いです。
そのため、化学系、材料系、数値範囲などの発明においては、例えば、明細書中に好ましい組成や数値範囲等を書くだけではなく、それによる作用効果、さらにその効果を確認している旨、記載しておくことが、サポート要件違反を回避する観点から好ましいと考えます。

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